[1章] 聖嶺鳳学園の日常 ダブルダイス・プレディクト前編
- ラメンスキー

- 2月14日
- 読了時間: 12分
更新日:3月4日

聖嶺鳳学園の日常 ~序列は戦略と共に~
創立百年を迎え、重厚な伝統と格式を誇る名門『聖嶺鳳学園』。
だが、その華やかな外観の裏には、冷徹なまでの実力主義が支配する「もう一つの顔」があった。
この学園において、生徒の価値を決定づけるのは成績でも品行でもない。
放課後、至る所で行われるゲームの対価――**SSP(聖嶺鳳システムポイント)**だ。
SSPは、学園生活のすべてを左右する生命線である。
保有数が多い者は王侯貴族のような贅沢を享受し、失った者は人権すら危うい最底辺の生活を強いられる。
ここでは、ポイントの多寡がそのまま学園内の「序列」となるのだ。
そんな弱肉強食の庭に、一人の少年が足を踏み入れる。
今日からこの狂った階級社会に加わる、たった一人の転校生。
彼が持ち込むのは、希望か、それとも破滅か。 聖嶺鳳学園の新たな歴史が、今、幕を開ける。
聖嶺鳳学園 2年1組
朝のホームルーム。
静寂が支配する教室に、担任の淡々とした声が響く。
「……今日からこのクラスに加わる転入生だ。挨拶を」
促された少年、宇田川ハヤトは緊張した面持ちで教壇に立った。
「宇田川ハヤトといいます。よろしくお願いします」
深く頭を下げた彼を、クラスメイトたちは品定めするような、あるいはひどく無関心な視線で迎え入れる。
指定された空席に座ると、ハヤトは隣の席の生徒に控えめに声をかけた。
「あ、あの……よろしくお願いします」
「ああ。よろしくな、ハヤト」
応えたのは、天城リョウ。
このクラス、ひいては学園全体でも頂点に君臨する圧倒的なSSP(聖嶺鳳システムポイント)の保持者だ。
リョウは一瞬だけ、柔らかな、しかしどこか底の見えない微笑をハヤトに向けた。
だが、すぐに視線を窓の外へと移してしまう。
ハヤトはそれを気にする様子もなく、淡々とカバンからノートと筆記用具を取り出し、授業の準備を始めた。
「では、新たな仲間と共に、このクラスから『落ちこぼれ』が出ないように励むように」
教師は感情の欠落した声で呟く。
その言葉には、ポイントを失い序列から脱落していく者への慈悲など微塵も感じられなかった。
最低限の連絡事項が伝えられ、嵐の前の静けさのようなホームルームが終わりを告げる。
午前中の四時限授業は何事もなく、淡々と過ぎていった。
昼休みを告げるチャイムが鳴ると、教室内は一気に色づく。
持参した弁当を広げる者、談笑しながら食堂へ向かう者。
しかし、その光景はどこか統制されており、目に見えない「格差」がグループの境界線を引いているようだった。
ハヤトは視線を走らせ、朝声をかけた隣席の男子生徒、リョウの姿を捉える。
「あ、あの……!」
勇気を振り絞って声をかけようとした、その時だった。
「天城様! お待たせいたしました!」
弾んだ声と共に、一人の「生徒」が駆け寄ってきた。
全身を真っ白な毛並みに包まれた犬獣人。
だが、その首には重々しい首輪が嵌められ、そこから伸びる銀色の鎖がジャラジャラと床に鳴り響いている。
その姿は、側近というよりは「飼い犬」そのものだった。
「さて、食堂へ行くか、ギンタ」
リョウは当然の儀式のように、席を立った。
「はい。ご案内いたします」
ギンタと呼ばれた獣人は、誇らしげにリョウの先導役を務める。
その異様な主従関係に圧倒されながらも、ハヤトは食い下がった。
「あ、あの……待ってください!」
少し大きな声が教室に響く。
その瞬間、周囲の生徒たちの視線が一斉にハヤトへ突き刺さった。
好奇、蔑み、あるいは哀れみ。
針のむしろのような冷たい視線に、ハヤトは思わず俯く。
(え……僕、何かまずいことをした……?)
気まずい沈黙を破ったのは、階級の頂点に立つリョウの声だった。
「ああ、ハヤトか。……一緒に行くか?」
リョウは、取り残されたハヤトを拾い上げるように優しく微笑んだ。
「は、はい……!」
救われた心地で駆け寄ろうとしたハヤト。
だが、それを鋭い殺気が阻む。
「それ以上、天城様に近づくな。無礼者!」
ギンタが素早くメジャーを取り出し、二人の間の空間を遮った。
「3センチ近い。離れろ」
先程までの従順な顔とは打って変わり、ハヤトを射抜く瞳は冷酷そのものだ。
「え、ええと……」
気圧されたハヤトが言われるまま一歩下がると、リョウが苦笑いを浮かべた。
「はは、気にしすぎだぞ、ギンタ」
リョウの困惑した表情は、これが彼らにとっての「日常」であることを物語っていた。
ハヤトが呆然と立ち尽くしていると、リョウが自然な動作で彼の背後に回り込む。
「さあ、行くぞ」
背中に添えられた手は、驚くほど温かく、そして優しかった。
その感触に戸惑いながらも、ハヤトは歩き出す。
その後ろを、不満げに鼻を鳴らすギンタが、鎖を鳴らしながらついていった。
聖嶺鳳学園の日常 ~序列は戦略と共に~
聖嶺鳳学園 食堂
「SSPの序列に従え! 秩序を乱す者は容赦しない!」
食堂に踏み入ると、SSP管理委員会の生徒たちの鋭い怒号が響き渡った。
その喧騒は、リョウの姿を認めた瞬間に一変する。
食事中だった生徒たちが、弾かれたように席を立ったのだ。
リョウを中心にして、半径三メートル。誰も踏み込むことを許されない空白の「聖域」が瞬く間に形成される。
その中心にあるテーブルに、リョウが優雅に腰を下ろした。
向かいにハヤトが、そして傍らにギンタが控える。
「天城様、本日のメニューでございます」
管理委員会の生徒が、まるで高級ホテルの給仕のような手つきで、恭しくメニュー表を差し出した。
「ありがとう」
リョウはそれを受け取り、一通り目を落とすと、一品の料理を指し示した。
「そうだな……このハンバーグプレートにしよう。同じものを三つ用意してくれ」
「かしこまりました」
追加の注文に、委員会の生徒は深く頭を下げ、足音を立てずに去っていった。
一介の生徒が教師以上の権威を持ち、周囲がそれに跪く。
これこそが、SSPという絶対的な数字がもたらす特権の形だった。
「あ、あの……天城君、君はいったい……?」
圧倒的な光景に、ハヤトは困惑を隠せず問いかけた。
「そうか、ハヤトは今日が初日だったな。驚くのも無理はない」
リョウは軽く腕を組み、ハヤトを真っ直ぐに見据えた。
「この学園生活を支配する仕組み……SSPについて、ギンタ、説明してやれ」
「はい」
ギンタが、リョウの言葉を受けてハヤトに向き直る。
「聖嶺鳳システムポイント、通称SSP。それはこの学園における『価値』そのものだ。保有数が多い者には今のような特権が与えられ、少ない者は家畜同然の扱いを受ける。この数字こそが、私たちの序列を決める唯一の尺度。」
ハヤトは息を呑んだ。
そんな極端なルールが、この平穏に見える学園を支配しているとは。
「天城様は、この学年……いえ、学園全体の頂点に君臨するSSP保持者であらせられます。そしてこの私、桜庭(さくらば)ギンタは、天城様のお世話を全うする忠実なる僕(しもべ)」
誇らしげに胸を張るギンタ。
その説明を聞き、ハヤトは顔を青くして俯いた。
(そんなすごい人に、僕はあんなに気安く……)
教室で受けたあの冷ややかな視線の意味を、ようやく理解した。
自分は知らずに「神」に等しい存在へ無礼を働いていたのだ。
「そ、そんな人だなんて知らなくて……ごめんなさい、天城君。僕、とんでもないことを……」
恥じるように震えるハヤトの肩。
しかし、リョウはそんな彼を見て、悪戯っぽく、しかし温かく鼻で笑った。
「はは、別に気にしていないさ」
その言葉は、王者の余裕か、あるいはハヤトという存在への純粋な興味か。
リョウの瞳には、依然として穏やかな光が宿っていた。
そんな会話の最中、給仕役の生徒によって三つのプレートが運ばれてきた。
「ハヤトの分も頼んでおいた。さあ、遠慮せずに食べてくれ」
リョウに促され、ハヤトは目の前に置かれた料理に目を奪われた。
それはおよそ「学園の昼食」という概念を覆す代物だった。
黄金色に炊き上がったライス、溢れんばかりの肉汁を湛えたハンバーグ。
彩り豊かなサラダが美しく盛り付けられ、芳醇な香りを漂わせるコンソメスープが添えられている。
さらに、デザートには濃厚なバニラアイスクリームまで用意されていた。
「こ、こんなに豪華なもの、本当にいいの……!?」
ハヤトが瞳を輝かせると、リョウは優雅にナイフとフォークを手に取った。
「ああ。君の転入祝いだ、ということにしておこう。……ギンタ、お前も食べていいぞ」
「はい。ありがたき幸せです」
リョウの許しを得た瞬間、ギンタもまた洗練された手つきでナイフを動かし始めた。
ハヤトもたまらず、大粒のハンバーグを口へと運ぶ。
「っ、おいしい……! 本当に学園の食事なの? 高級レストランの料理みたいだ!」
口内で弾けるひき肉の旨味と、鼻に抜けるスパイスの香り。
あまりの美味に心が躍り、ハヤトは夢中でライスを頬張った。
「転入してきて、本当に良かった……!」
「はは、そんなに急ぐなハヤト。食べ物は逃げないさ」
子供のように食事を楽しむハヤトを見て、リョウが小さく声を立てて笑う。
その所作の一つひとつは、まるで貴族の晩餐会を思わせるほどに完成されていた。
だが、この幸福な光景を、周囲の生徒たちは羨望……いや、どす黒い嫉妬を孕んだ視線で見つめる者もいた。
それもそのはず。
この「特権メニュー」を享受できるのは、三千人を超える全校生徒のうち、わずか上位五十名の「選ばれし者」のみ。
周囲を見渡せば、市販のパンをかじる者、あるいはまるで囚人の食事かのような、色のない質素な給食を啜る者たちが大半なのだ。
この学園において、不平等は絶対の正義。
しかし、その不条理に耐えかねた歪みが、時として牙を剥くことがある。
――まさに、その瞬間だった。
「やってらんねーよ、こんなクソみたいな差別!」
乾いた破砕音が食堂の静寂を切り裂いた。
声の主は、リョウたちの華やかな食卓を血走った眼で見つめていた一年生の男子生徒だった。
彼は周囲の制止を振り切り、獣のような足取りでリョウたちのテーブルへと詰め寄る。
「おい! お前らだけズルいだろ!」
怒声と共に、男がテーブルを力任せに叩きつけた。
衝撃で皿やグラスが跳ね、金属音が不快に響く。
突然の暴力的な気配に、ハヤトの身体は強張った。
手にしていたフォークが震える。
リョウは、口元へ運ぼうとしていた手を静かに止めた。
その表情は驚くほど平坦で、凪いでいる。
「お前……SSP上位だか何だか知らねえが、何とも思わねえのかよ! 俺たちが食わされてる、このゴミみたいな飯を見てよぉ!」
男の叫びは、この場にいる大多数の生徒たちの代弁でもあった。
しかし、その「反逆」は一瞬で踏みにじられることになる。
「SSPの序列に従え。……これ以上の狼藉は、強制排除の対象となる」
いつの間にか背後に立っていたSSP管理委員会の生徒が、抑揚のない声で告げた。
「はっ! 上等じゃねえか、てめえ一人で何ができるって――」
男が言い終えるよりも早く、委員会の生徒の手が動いた。
バチッ、と青白い火花が散る。
首筋に押し当てられたスタンガンの衝撃に、男の身体は糸が切れた人形のように崩れ落ちた。
あまりに手際よく、あまりに無機質な排除。
何が起きたのか理解できず呆然とするハヤトの前で、気絶した生徒は「物」のように担架に乗せられ、速やかに運び出されていった。
「天城様。お食事の邪魔をいたしました。深くお詫び申し上げます」
管理委員会の生徒は、先程の暴力などなかったかのように、リョウに対してのみ慇懃に頭を下げた。
「構わない。……それより、ハヤトは大丈夫か?」
リョウの視線がハヤトに注がれる。
その瞳は、先程までと変わらず穏やかで、慈愛に満ちているようにさえ見えた。
「あ……天城君、今のは……?」
ハヤトの顔からは血の気が引いていた。 つい数分前まで「この学園に来て良かった」と躍らせていた心は、今や恐怖に支配されている。
芳醇だったはずのハンバーグの脂が、ひどく胃に重く感じられた。
「時々、ああやって身の程をわきまえず不満を漏らす奴が出る。……放っておけばいい、ハヤト。君が気に病むことじゃない」
「そ、そう……なんだ……」
優しく諭すようなリョウの言葉。
だが、ハヤトは気づいてしまった。 この「優しさ」は、自分たちが食べている高級な料理と同じく、圧倒的なSSPという力の上に成り立つ、残酷なまでの「特権」なのだということに。
結局、食事の味は分からなかった。
豪華なハンバーグも、完食はしたものの砂を噛むような思いで喉を通り過ぎていった。
聖嶺鳳学園 廊下
食堂を出て、冷え冷えとした静寂が漂う廊下を進む三人の足音が響く。
「さて、ハヤト。君が俺と行動できるのはここまでだ」
唐突にリョウが振り返った。
その瞳に宿る光は、先ほどまでの慈愛に満ちたものとは明らかに異なっていた。
鋭く、すべてを値踏みするような「王」の視線。
「え……?」
ハヤトが言葉を失うと、リョウは短く合図を送った。
「ギンタ」
「はい」
ギンタがハヤトの前に立ち塞がる。
その眼差しには、先ほどまで共に食事をしていた親しみなど微塵もなかった。
「貴様のような凡人が、これ以上天城様と肩を並べられると思うな。身の程を知れ」
急変したギンタの冷徹な言葉が、ハヤトの心を深く抉る。
「え? さっきまで、あんなに優しくしてくれたのに……」
「はは。ギンタなりの冗談さ、ハヤト。そう真に受けないでくれ」
リョウはいつものように軽く笑ったが、ギンタは無言のままハヤトを凝視し続けている。
その眼は「冗談ではない」と明確に告げていた。
「だが、俺と共に歩めるかどうかは、これからのハヤト次第だ」
「そんな……。天城君がいなくなっちゃったら、僕、この広い学園で独りになっちゃうよ……」
今にも泣き出しそうなハヤトの表情に、リョウは困ったように眉を下げた。
「だから、君次第だと言っている」
そう言って、リョウはハヤトの背を優しく、しかし有無を言わせぬ力強さで叩いた。
「俺とゲームをしようじゃないか。最後までゲームを続けられればハヤトの勝ちだ。……やるか?」
「ゲーム……?」
ハヤトの問いに、ギンタが淡々と解説を挟む。
「ゲームとは、この学園におけるSSPを稼ぐ唯一の手段。生徒同士、あるいは学園が用意した試練に勝利した者だけが、ポイントと明日を掴み取ることができる」
「よく、わからないけど……ポイントを稼ぐには、戦うしかないってことだね」
「そういうことだ。さて……俺の誘いに乗るか?」
ハヤトの心は激しく揺れ動いた。
(この誘いに乗って、もし僕が勝てば、天城君と一緒にいられる。でも、相手はこの学園の頂点だ。あの食堂で見せつけられた圧倒的な特権、三千人の頂点に立つ男に、僕が適うはずなんてない……。)
葛藤するハヤトを見透かすように、リョウが言葉を重ねた。
「自分の未来を決めるのは自分自身だぞ、ハヤト。迷っている暇があるなら、結果がどうあれ一歩踏み出してみたらどうだ?」
その言葉が、ハヤトの乾いた心に深く染み渡っていく。
(そうだ……僕の人生は、いつも流されるままだった。周りに合わせて、顔色を窺って、その結果、自分を失って辛い思いばかりしてきた。この学園に来たのは……そんな弱気な自分と決別するためだったはず!)
ハヤトは顔を上げ、リョウの瞳を真っ直ぐに射抜いた。
「……やる。」
その決意を込めた瞳に、ギンタが「ほう……」と微かな感嘆を漏らした。
「いい表情になったな、ハヤト」
リョウは満足げに唇を吊り上げると、再びギンタへと視線で合図を送った。
聖嶺鳳学園の日常
