[1章] 聖嶺鳳学園の日常 ダブルダイス・プレディクト後編
- ラメンスキー

- 2月14日
- 読了時間: 13分
更新日:3月4日

聖嶺鳳学園の日常 ~序列は戦略と共に~
聖嶺鳳学園 予備教室
誰もいない予備教室。
ギンタは手際よく机を合わせ、即席のゲーム会場を作り上げていく。
その作業を見つめながら、リョウがふと独り言のように呟いた。
「そういえば、転入生の扱いはどうなっているんだ? ハヤト、学園のアプリを開いてみろ」
「うん……」
ハヤトがポケットから取り出したスマホの画面には、無慈悲な数字が躍っていた。
【保有SSP:0pt】
「ゼロだ……」
「転入生にも容赦なしか。俺たちの時は、入学時に1000ptは付与されていたんだがな」
「じゃあ、僕は最初から圧倒的に不利ってことだね……」
「ああ。本来なら、学園主催のセーフティなゲームで稼ぐしか生き残る道はない」
会話の途中で、ギンタの設営が完了する。
「天城様はこちらへ。……おい、貴様はあちらだ」
「ぼ、僕は宇田川ハヤト。朝、自己紹介したはずだけど……」
「はっ! 眼中にない。……宇田川、そこに座れ」
冷たく言い放たれ、ハヤトはリョウと向かい合う形で席に着いた。
「ハヤト、楽しいゲームにしよう」
リョウの声には静かな自信が滲んでいた。
その響きだけで、ハヤトの鼓動は一段と速くなる。
二人はスマホを操作し、端末同士をリンクさせて対戦モードを起動した。
「では……お二方に挑んでいただくゲームは――『ダブルダイス・プレディクト』」
ギンタが胸ポケットから二つのダイスを取り出した。指の間に器用に挟み、見せつけるように保持する。
「ルールは単純です。まずお二方に出目の合計を予想していただきます。その後、私がダイスを振ります。出目の合計により近い数値を宣言していた方が勝利。これを繰り返し、先に三勝した者が勝者となります」
淡々としたギンタの声が、教室の静寂をより深いものにする。
「面白いだろう、ハヤト。ただの予想だ。運さえあれば、誰にでも勝機はある」
「……そ、そうだね。運、だけなら……」
震える声で答えるハヤトの指先は、じっとりと汗ばんでいた。
「ただし、二点だけ制約があります。両者が同じ数値を予想することは不可です。そして――中央値である『7』の宣言は禁止されています」
「……7はダメ……?」
「ああ。7以外の数字を宣言する必要がある」
リョウは当然のルールだと言わんばかりに、平然と付け加えた。
ハヤトは思わず、ギンタの掌にあるダイスを凝視した。
「気になるなら、調べてもいい。」
リョウに促され、ハヤトは恐る恐るギンタからダイスを受け取った。
手のひらで転がし、重さを確かめ、表面の彫りを指先でなぞる。どこからどう見ても、重心の偏りもない普通のサイコロだった。
「うん……普通のサイコロだね」
ハヤトがダイスを返すと、ギンタは「……ちっ」と小さく舌打ちをした。
自分の主人が用意した道具を疑われたことへの不快感か、あるいはそれ以外の感情か。
あからさまな拒絶の態度に、ハヤトはさらに身を縮めた。
運命を左右する二つの賽子が、今、ギンタの拳の中に握られる。
「それでは、始めよう。ハヤトから宣言を譲るぞ」
リョウの声が静寂に響く。
「え、えっと……7以外……10で」
震える声で出した最初の宣言。ハヤトの額には、いつの間にか薄く汗が滲んでいた。
「10か……。なら、俺は3にでもしておくか」
リョウは表情を変えず、淡々と応じる。
「では、ダイスを振ります」
ギンタがダイスを投げた。
その軌道に、ハヤトの視線は釘付けになる。
(お願い……10、せめて11か12が出て……!)
祈るように拳を握りしめたハヤトの前で、ダイスがピタリと止まる。
出た目は「1」と「2」。合計は3。
「天城様の勝利」
ギンタの無機質な声が、ハヤトの期待を打ち砕く。
「はは、現実はそう上手くはいかないものだ」
「で、でも運だもんね……次は勝てるかも!」
ハヤトはまだ、このゲームの真の恐ろしさに気づいていない。その無垢な瞳に、リョウは一瞬だけ、胸の奥が疼くのを感じていた。
第二ターン
「では、第二ターン。予想を宣言してください」
「うーん……また10で!」
「そうか。なら俺は9だ」
再び、ギンタの手からダイスが放たれる。
「10、11、12、どれでもいい……来い!」
ハヤトは声を漏らして願ったが、結果は無慈悲だった。
「6と3。合計9により、天城様の勝利」
二連続の敗北。
ハヤトの胸に宿っていた高鳴りは、急速に冷え切っていく。
「……運、ないんだね、僕……」
がっくりと項垂れるハヤト。
だが、そんな彼をリョウの鋭い眼差しが射抜く。
「ハヤト。この学園で生き抜くには、運だけでは不十分だ」
「え?」
「これは単なる運試しではない。頭を使い、自ら思考の迷路に踏み込まなければ、あっという間に転落するぞ」
リョウの真剣な忠告。
そう、この学園は「純粋な勝負」などという幻想が通用する場所ではない。
多くの生徒が自らの序列を守り、あるいは這い上がるために、あらゆる策略を巡らせる。
「そんなこと言われても……ただのサイコロでしょ?」
ハヤトが救いを求めるようにギンタを見たが、彼は一瞬で目を逸らした。
「一つ、ヒントを与えてやろう。なぜ『7』が禁止されていると思う? 7は今回のダイスにおける中央値、つまり最も出やすい期待値だ。これを選べるなら、選んだ方が圧倒的に有利になる」
「…?」
理解が追いつかないハヤトに、リョウは噛み砕くように説明を続ける。
「例えば、俺が7、ハヤトが6を宣言したとする。出目が6以下ならハヤト、7以上なら俺の勝ち。だが、その勝率は対等じゃない。6以下が出る確率は約42%だが、7以上が出る確率は約58%。僅かな差だが、明確な優劣が存在するんだ」
ハヤトの表情が驚愕に染まる。
「第一、第二ターン共に、ハヤトは運任せに極端な数字を選んだ。その時点で、既に負けを宣言しているようなものだ」
「……そうか! 極端な数字を言えば言うほど、自分から勝率を捨てているってことなんだね!」
ハヤトの瞳に、再び光が宿る。
リョウの助言を武器に、彼は今度こそ「思考」という名の戦場に踏み出そうとしていた。
聖嶺鳳学園の日常 ~序列は戦略と共に~
(天城様……流石にヒントを出し過ぎでは……)
ギンタは胸の内で苦い思いを噛み締めていた。
掌の中にあるダイスを弄びながら、
(次も天城様が宣言された通りの出目を出さねば)
と、思考を義務感に染めていた。
「ギンタ」
「は、はいっ!」
唐突に名を呼ばれ、ギンタは反射的にダイスを握りしめ、リョウの顔を仰ぎ見た。
「次は、ハヤトにダイスを振らせてみたらどうだ?」
「……はい?」
リョウの突拍子もない提案に、ギンタは目を丸くした。
「ど、どういうことですか? 私が振らなければ、それこそ……イカサマの温床になりかねません」
「聞いたかハヤト。自ら『イカサマ』だとよ」
リョウは狼狽えるギンタを横目に、口角を上げてハヤトを見た。
「い、イカサマ……?」
ハヤトが怪訝な視線を向けると、ギンタは失言を悟り、慌てて口を塞いだ。
「この学園は汚い。己の序列を守るためならどんな手でも使うし、他者を陥れるために自分に有利な勝負を仕掛けてくる。ハヤト、第一ターンと第二ターンの出目を思い出してみろ」
「えっと……確か『3』と『9』だったよね」
「そうだ。何か引っかからないか?」
ハヤトは必死に記憶の糸を辿る。
「……天城君が宣言した数字、そのままだ」
「その時点で疑わなければならない。偶然という言葉は、この学園では敗者の言い訳に過ぎないんだ」
リョウは静かに、しかし冷徹な真実を突きつける。
「もちろん、確率がゼロでない限り、二回連続で宣言通りになることもあり得るだろう。だが、その可能性を鵜呑みにしてゲームを続ければ、君はあっという間に破滅する」
「……そ、そうなんだね……」
ハヤトの背中に冷たい汗が流れる。
「だからこうしよう。これからはハヤト、君がダイスを振るんだ。それなら文句はないだろう?」
「僕が……振るの?」
「ああ。それでイカサマの芽は摘める」
「……どんな仕組みかまだ分からないけど、僕が振れるなら……やるよ!」
「決まりだな。ギンタ、ダイスを渡してやれ」
「……は、はい」
ギンタは苦虫を噛み潰したような顔で、渋々ハヤトにダイスを差し出した。
「天城様が既に二勝。……次、天城様の宣言に近い出目が出れば、その時点で勝負あり。よろしいですね?」
「ああ、構わない」
リョウは腕を組み、ハヤトの出方を待つ。
だが、ハヤトはダイスを握ったまま、一つだけ気になっていたことを口にした。
「……振る前に、一つ聞いていいかな。どうして天城君は、僕にここまで教えてくれるの? トップの君が、転入生にわざわざ手の内を明かす義理なんてないはずなのに……」
純粋な、核心を突く問い。
リョウはハヤトの瞳の奥をじっと見つめ、ふっと相好を崩した。
「はは、ただの気まぐれさ。転校して初めて俺に声をかけた、ハヤトの運を少しだけ買ってみたいと思っただけだよ」
はぐらかすような、しかしどこか納得させてしまう響き。
「そっか……ありがとう」
ハヤトは決意を込め、ダイスを握りしめた。
「僕は――『8』を宣言する!」
「ああ。なら、俺は『6』だ」
第三ターン。
ダイスを振る権利を失ったギンタは、ハヤトの手元を、射殺さんばかりの鋭い眼差しで見つめていた。
(天城様の宣言側に……傾け……!)
祈りとも呪いともつかぬギンタの念を乗せて、ハヤトの手から二つのダイスが放たれた。
カラカラと乾いた音を立てて転がったダイスが、静止する。
出目は「4」と「5」。合計は「9」。
「や、やった……!」
ハヤトが思わず声を弾ませる。宣言した「8」に近いのは、ハヤトの方だ。
「おめでとう、ハヤト。だが忘れるな、君が依然として窮地に立たされていることに変わりはないぞ?」
「で、でも、さっき教えてもらった通りの戦略で勝てた。これこそ、本当の運だよね!」
「そうか。なら、このまま一気に終わらせるとしよう。宣言は同じでいいな?」
リョウの問いに、ハヤトは力強く頷いた。
興奮を抑えきれない手つきでダイスを回収すると、息つく間もなく再び卓上へ放り投げる。
ダイスが弾け、出た目は「6」と「6」。合計「12」。
「やった! 二連続で僕の勝ちだ!」
ついに二勝二敗のタイに持ち込み、ハヤトはたまらず椅子から立ち上がった。
「やるじゃないか」
リョウは、まるでこの劇的な展開をあらかじめ楽しみに待っていたかのような、余裕のある反応を見せる。
一方、納得がいかないのはギンタだ。
「宇田川! はしゃぎすぎだ、さっさと席に座れ!」
ギンタの怒声が教室に響く。
「僕にも、ようやく運が回ってきたみたいだよ」
ハヤトは素直に従って席に座り直したが、その表情には先ほどまでの怯えはなく、穏やかな自信が宿っていた。
「いいだろう。次が最後だ……。本当の『運試し』をさせてもらおうじゃないか」
その瞬間、リョウの瞳が不気味な緑色の光を放った。 唇の端を吊り上げ、獲物を決して逃さないと宣告するような、底知れぬ捕食者の笑み。
「宣言は、変わらないな?」
「……うん」
「久々に面白い展開が期待できそうだ……! さあハヤト、その手で運命を決めてくれ!」
リョウの静かな興奮が、教室の空気を重く塗り替えていく。
先ほどまでの「優しい友人」のオーラは消え失せ、そこには圧倒的な強者の重圧が鎮座していた。
(天城君……これが、トップに立つ者のオーラ……)
その気迫に一瞬怖気づきそうになりながらも、ハヤトはダイスに全ての意識を集中させる。
掌の汗を拭い、最後の一投を放った。
「負けた……」
ハヤトはその場に力なく崩れ落ちた。
卓上で静止したダイスの出目は、「1」と「1」。最低値のゾロ目、合計「2」。
それは、リョウの宣言した「6」に最も近い、残酷なまでの幕切れだった。
「俺の勝ちだな」
リョウが静かに勝利を告げる。
その傍らで、ギンタは安堵の溜息を漏らしていた。
その瞳はどこか恍惚としており、リョウの勝利を何よりも自らの喜びとしている。
リョウは席を立つと、ギンタの傍らへと歩み寄った。
「ダイスコントロール、見事だったぞ。お疲れ様」
そう言って、愛おしむようにギンタの頭を撫でる。
「はい……! ありがとうございます!」
ギンタの短い尻尾がブンブンと激しく揺れた。
それはまるで、主人に褒められた本物の飼い犬そのものだった。
ギンタは目を細め、その一瞬の慈愛を全身で噛み締めている。
一方、リョウは項垂れるハヤトの元へ歩み寄り、その背中を軽く叩いた。
「これが、この学園だ。……どうだ、感想を聞こうじゃないか」
ハヤトはゆっくりと顔を上げた。
「……天城君。僕は負けた。でも……これから強くなるよ。君の隣を、胸を張って歩けるようになるまで」
その言葉を聞き、リョウの唇が満足げな弧を描く。
「ああ」
リョウは手元のスマホを操作し始めた。
「天城様……何を? 勝負は既に決しておりますが」
不審げに問いかけるギンタを余所に、リョウは淡々と操作を終える。
「そうだな。だが、ハヤトの勝利条件は『ゲームを完遂すること』だ」
「……え?」
ハヤトとギンタの声が重なった。
「最初に言ったはずだ。最後までゲームを続けられればハヤトの勝ちだと。『ゲームで俺に勝つこと』が勝利条件だとは、一度も言っていない」
リョウの言葉に導かれるように、ハヤトは慌てて自分のスマホを確認した。
そこには、先ほどまで「0」だったはずのSSPが、**【100pt】**という鮮やかな数字に書き換えられていた。
「楽しかったよ、ハヤト」
リョウが優しく微笑んだ瞬間、開いた窓から爽やかな五月の風が吹き抜け、重苦しかった教室の空気を一気に浚っていった。
「これから同じクラスメイトとして、よろしくな」
再度、ポンと背中を叩かれる。
その重みは、ハヤトにとってこの学園で初めて手にした「絆」の証だった。
「ありがとう、天城君……!」
時刻は午後二時。 最底辺から始まった宇田川ハヤトの学園生活は、嵐のような洗礼を経て、今、本当の幕を開ける。
聖嶺鳳学園 2-1
ハヤトが去った後の教室は、先ほどまでの熱気が嘘のように静まり返っていた。
夕闇が窓から差し込み、長い影が床に伸びる。
「……本当によろしかったのですか?」
窓の外を眺めるリョウの背中に、ギンタが問いかけた。
「ああ」
リョウは短く、迷いのない声で頷く。
「納得がいかないという顔だな、ギンタ」
「……当然です。どこの馬の骨とも知れぬ転入生に、貴重なSSPを100ptも。天城様の資産を削ってまで与える価値があるとは思いません」
「いいんだ。……なんとなく、ハヤトにはこの学園で悲しい顔をしてほしくないだけだ」
「それ、は……」
ギンタの眉が微かに動く。
リョウの言葉に混じった、無自覚な寵愛の気配。
嫉妬に近い感情がギンタの胸を掠めた。
「はは、そんな顔をするな。他意はないさ。ただ、この学園は思っている以上に過酷だ。まずは生き残る術を教えておかなければ、初日で潰れてしまうだろう?」
「……だとしても、天城様自ら手を貸すようなことではありません」
「そうか。なら、これからはギンタが先導してやってくれ」
「何故私が。私は天城様のお世話役です。この首輪も、この鎖も……そのためにあるのですから」
ギンタは自らの首に巻かれた鉄の輪を指先でなぞった。
その仕草には、隷属を誇るような倒錯した熱がこもっている。
「……それはどうも」
リョウは苦笑し、再び校庭へと視線を戻した。
「天城様、そろそろご帰宅の時間です。お車の手配を」
「そうだな。今日はいい一日だった。帰るとしよう」
ギンタが手慣れた操作でアプリを起動し、リョウ専用の送迎車を呼び出す。
「いつも助かるよ、ギンタ。お前の手際の良さには感心する」
「いえ、私の役目ですから。……SSPを敢えて持たず、影に徹する私の」
「ギンタが本気で勝負をすれば、すぐにでも上位に食い込める実力があるというのに」
「私は、天城様の傍にいたいだけなのです。……さあ、正門へ」
二人は、主従の距離を保ったまま教室を後にした。
聖嶺鳳学園 正門前
正門に辿り着くと、そこには既に黒塗りのリムジンが静かに鎮座していた。
これもまた、学園が認めた「特権」の形。
SSPの序列が高い生徒には、登下校の足さえも最高級の待遇が約束されているのだ。
自動で開く後部座席のドアへ、リョウは迷いのない足取りで吸い込まれていく。
「天城様、また明日」
ギンタは執事のような洗練された所作で深々と頭を下げた。
「ああ。また明日な」
リョウを乗せたリムジンが、滑るように走り出す。
ギンタはその場に直立したまま、車影が視界から消え去るまで微動だにせず見送り続けた。
気配が完全に消えたことを確認すると、ギンタは小さく息を吐く。
先ほどまでの従順な表情を消し、冷めた瞳で街を見つめると、彼は一人、歩いて帰路に就いた。
鎖の鳴る音だけが、誰もいない正門前に寂しく響いていた。
聖嶺鳳学園の日常
