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[3章] 聖嶺鳳学園の日常 アルカナ・レゾナンス後編


ダブルダイスプレディクト

聖嶺鳳学園の日常

放課後の柔らかな陽光が差し込む室内には、場にそぐわないほど張り詰めた空気が満ちていた。


「先手を譲ろう。宇田川、君から引いてくれ」


ツカサの促しに、ハヤトはゴクリと喉を鳴らした。

眼前に広がるのは、寸分の狂いもなく並べられたタロットカードの海。

すべてが同じ無機質な裏面を向け、自分を嘲笑っているかのようにさえ見える。


「これだけの数の中から、正解を引き当てなきゃいけないのか……」

ハヤトは自分を鼓舞するように小さく呟いた。

「最初から当たるわけないけど、……でも、大事な一歩目だ」


震える指先を伸ばし、左上隅の一枚を裏返す。

現れたのは、不吉な落雷に打たれる『塔』の絵柄だった。

「その対になるカードが引ければいいんだがな」

ツカサが、どこか試すような声音でエールを送る。

ハヤトは迷った末、対角線上にある右下の一枚をめくった。

だが、現れたのは勇壮な『戦車』。

……不一致。


「まあ、……そうだよね」

肩を落とし、カードを元に戻すハヤト。

そんな彼の背に、リョウの低く通る声がかけられた。


「ハヤト」

「な、なに、天城君?」

心臓が跳ね、ハヤトは冷や汗を拭いながら振り返った。

リョウの瞳は、いつになく真剣だった。

「初めて俺とゲームをした時のことを、覚えているか?」

「え……う、うん」

「ゲームにおいて何より重要なのは、相手の『トリック』を見破ることだ」


その言葉に、ハヤトの脳裏にあの日の光景が鮮烈に蘇った。

リョウがかけてくれた言葉、射抜くような視線、そして自分を認めてくれた瞬間の熱。

(忘れるわけないよ。……天城君は、僕に警告してくれたんだ。この東雲君も、何か仕掛けているかもしれない…きっと天城君は既に分かっているのかもしれない…)

かつて三影ダイチのイカサマを見抜けなかった苦い記憶が、ハヤトの心に火を灯した。

今度は、負けたくない。


「トリック、か。確かに一理あるな」

ツカサが冷ややかに割って入る。

「この学園は外見こそ麗しいが、その実は反吐が出るほど汚濁に満ちている。だが――」

ツカサはハヤトが最初に引いたカードの隣を、淀みない動きでめくった。現れたのは『愚者』。

「俺のゲームにおいて、安っぽいイカサマが入り込む余地はない」

続けてめくった二枚目は、あえなく外れ。

ハヤトは思わず、安堵の吐息を漏らした。


「ツカサが細工をしているなんて、一言も言っていないぞ?」

リョウが白々しく肩をすくめると、ツカサは不機嫌そうに鼻を鳴らした。

「ふん、お前らしい言い草だ。……さあ宇田川、君の番だ」


続くハヤトのターン。

焦りからか、引いたのは『太陽』と『魔術師』。

またもや不一致。

(落ち着け、落ち着け……。命を取られるわけじゃない。観察するんだ。違和感を探すんだ……!)

自分に言い聞かせるハヤトの横で、ツカサが静かに手を動かした。


「さて……天城のために、さっさと終わらせるとしようか」

「俺のため?」

「ああ。お前にとって、こんな単調なゲームは退屈だろう?」

ツカサはカードの上を滑らせるように手をかざした。

まるでカードから立ち上る見えない波動を感じ取っているかのような、奇妙な動作。


めくられたのは『皇帝』。そして二枚目――。

「あ!」

ハヤトが声を上げた。

現れたのは、先ほどハヤトがめくったのと同じ『魔術師』だった。

「ほう、位置を覚えているかな?」

ツカサが試すように微笑む。


ハヤトのターン。記憶が鮮明なうちに、彼は迷わずツカサが今戻した『魔術師』を裏返した。

そして、もう一枚の場所へ――。

「ここだっ!」

確信を持ってめくったカードは、果たして、同じ『魔術師』の絵柄。


「やった……! 天城君、やったよ!」

「ああ、おめでとうハヤト。……それでツカサ、得点は?」

リョウの問いに、ツカサは感情の読めない声で短く応じた。


「2点だ」


「に、2点……!?」

跳ね上がっていたハヤトのテンションが、一瞬で垂直落下した。

「ああ。だが、滑り出しとしては上々じゃないか」

淡々と告げるツカサの表情には、依然として揺るぎない自信が漲っている。

まるで、2点程度のリードなど、海に小石を投じるようなものだと言わんばかりに。


ハヤトの胸に、再び小さな不安と、それ以上の闘志が渦巻き始めた。


ゲーム開始から二十分。

卓上に残されたカードは、既に半分を切っていた。


ハヤトの呼吸は荒い。たかがカードをめくるだけの作業が、これほどまでに精神を削るとは思わなかった。

対するツカサは、一滴の汗も流さず、冷徹に伏せられたカードの群れを凝視している。


「さあ宇田川。カードをめくれ」

ツカサの淡々とした声が、静まり返った部室に響く。

リョウは傍らで、勝負の行く末をただ黙って見守っていた。


ハヤトが初手に引いたのは――最悪のカード『死神』。

残る伏せ札からもう一枚の『死神』を探し出さなければ、四ターンの間、一方的にツカサの独壇場を許すことになる。

それだけは、絶対に避けなければならない。

だが、確率は半分を切ったとはいえ、狙って引き当てるにはあまりに絶望的な博打だった。


伸ばした指先が、脂汗でぐっしょりと濡れる。

「はぁ……はぁ……っ」

「……暑いか? 空調を入れよう」


ツカサはそう告げると、電源を入れるために部室の入り口へと席を立った。

その僅かな隙に、リョウがハヤトに声を掛ける。

「ハヤト、大丈夫か。随分と酷い汗だが」

「……僕、すごく、緊張しちゃって……」

リョウから手渡されたタオルで汗を拭い、ハヤトはたまらずブレザーとベストを脱ぎ捨てた。

「『死神』を引き当てる自信は?」

「い、いや……とても……」

ハヤトの弱気な言葉に、リョウは僅かに、落胆したような陰を瞳に宿した。


その時だ。背後に気配が立ち昇る。

いつの間にか戻っていたツカサが、ハヤトの真後ろに立っていた。


「いいかい、宇田川」

耳元で囁かれる、低く滑らかな声。

ツカサの手が後ろから伸び、ハヤトの震える手に自らの手を重ねた。

「感じるか? アルカナたちの声が」

冷たい指先が、ハヤトの手をマウスのように操り、カードの上を円を描くように滑らせていく。

「し、東雲君……っ」


「君に実力はあるのだろうが、この学園においては、まだ雛鳥だ。……このカードを引いて、すべてを終わらせてしまえ」

ツカサの囁きと共に、ある一枚のカードの上で、重なり合った二人の手が止まった。

「引くか引かないかは、宇田川次第だ。どうする? 楽になりたいだろう?」


甘い、誘惑の毒。

(このまま何も考えず、東雲君の言う通りにすれば……この苦しみから解放されるのか?)

思考が濁るハヤトを追い詰めるように、ツカサの言葉が脳内に侵食してくる。

「すべて、タロット占い師であるこの俺に預ければいい。流れも、未来も、運命でさえもな」


(……なんだ、この囁きは。すっと頭に入ってきて……身体が支配されるみたいだ……)


意識が遠のき、やがてハヤトは吸い寄せられるように、ツカサに示されたカードをめくった。

現れたのは――『死神』ではない。

『愚者』の逆位置だった。


ハヤトの顔から血の気が引く。

「し、東雲君……!?」

振り返った先、ツカサの瞳には、凍てつくような冷笑が浮かんでいた。


「『愚者』か。しかも宇田川、君から見て逆位置だ」

「……ど、どういうこと……?」

「本来、このカードは自由や可能性、新たな物語の始まりを意味する。だが――」

ツカサは自席へと戻りながら、追い打ちをかけるように宣告した。

「逆位置となれば意味は一変する。何も考えずに破滅へ突っ走るか、あるいは、やりたいことがあるのに怖くて動けない。今の宇田川そのものだ」


「っく……」

図星を突かれ、ハヤトの表情が苦渋に歪む。

「だからこそ、俺が導いてやるのさ。そこにいる天城のような男に、これ以上振り回されないようにな」

ツカサがリョウを横目で見ると、リョウは不敵に、鼻で笑った。


「さて、『愚者』の審判は下った。おそらくそれが、君の出した結論だ」

ツカサの目が、獲物を狙う鷹のように鋭く光る。

「この勝負、俺のこのターンですべて終わらせよう」


言うや否や、ツカサの指先が戦場を舞った。

迷いのない動きで、次々とカードのペアが引き当てられていく。


「東雲君……そんな……」

絶句するハヤトは、ただ立ち尽くすしかなかった。

ツカサの流麗な手さばきは、ハヤトの番が二度と来ないことを、残酷なまでに示していた。


ツカサの独壇場だった。

彼は『死神』以外のカードを、まるで最初から表を向いていたかのように次々と揃えていく。


「残るは『愚者』だな」

ツカサの指が迷いなく六枚のうちの一枚を射抜き、鮮やかに反転させた。

現れたのは、崖っぷちに立つ男――『愚者』。

間髪入れず、その手はもう一枚の『愚者』が潜む場所へと一直線に動く。

「これで最後だ」

呟きと共にめくられた最後の一枚。

完璧な勝利。


「これで『死神』以外、すべて俺の手元だ」

ツカサは机上のカードを見せつけるように、冷たい視線でハヤトを射抜いた。

「嘘……この一ターンで、残りのペアを全部……」

ハヤトはただ、呆然と立ち尽くすしかなかった。

プロの圧倒的な実力――あるいは「何か」を前に、言葉を失っていた。


「お見事だツカサ。流石は俺の幼馴染だな」

リョウが拍手混じりに賞賛を贈る。

「ふん、幼馴染は余計だ。俺はタロットに愛されている。それだけだ」

「はは、そうか。それは面白いな」

リョウは軽く笑い、視線をハヤトへと移した。

「ハヤト、残念だったな。ツカサからSSPを奪い取れなくて」


リョウの困ったような表情を見て、ハヤトは震える声を絞り出した。

「……さっきのターン、東雲君は、絶対におかしい……よね?」

「ほう、何がだ? 言いたいことがあるなら言ってみろ」

勇気づけるようなリョウの言葉に、ハヤトは食らいついた。

「だ、だって……一度も開いていないカードまでペアで揃えるなんて。何か『からくり』がなきゃ、不可能だよ……!」

「それを裏付ける根拠や、物的証拠はあるのか?」

「それは……そこまでは……」


ハヤトの言葉が詰まる。物的証拠までは掴めていない――リョウはその答えを最初から予見していた。

「宇田川、根拠のないこじつけばかり口にすると、目をつけられるぞ」

ツカサの警告がナイフのように突き刺さる。

「うぅ……」

「だが――俺がイカサマをしていたのは事実だ」


「え……?」

呆気なく白状したツカサに、ハヤトは目を丸くした。

「でも、さっきイカサマの余地はないって……」

「宇田川、君は真面目すぎるな。いいか、人は嘘をつく生き物だ。何が真実で何が偽りか、自分自身で見極めるしかない」

「そんな……そんなに汚い世界なの……?」

今にも泣き出しそうなハヤトを、ツカサは冷徹に突き放す。

「好きで嘘をつくわけではない。だが、生き残るために必要な嘘もある」


「……あ、天城君も……嘘をついてるの? 僕を気にかけてくれていることも、全部……」

「はは、どうだろうな」

リョウは肯定も否定もせず、ただ静かに微笑んだ。


「さて。事実に気づけただけ良しとすべきだな。……では、SSPをいただこうか。宇田川、端末を出せ」

ツカサが事務的にスマホを取り出した。

ハヤトは抗う術もなく自分の端末を差し出した。

だが――。


「……っ、何だこれは……!?」

画面を覗き込んだツカサの顔が、驚愕に歪んだ。

「どういうことだ、天城!」

ツカサは椅子を蹴るようにして立ち上がり、リョウを睨みつける。

「残念だったな、ツカサ。ハヤトはSSPを一ポイントも持っていない。倍率をかけた俺の配当も、当然ゼロだ。支払いは発生しない」


「っ、はめられた……!」

先ほどまでの沈着冷静さはどこへやら、ツカサは頭を押さえて取り乱した。

「ダメじゃないか、ツカサ。勝負の前に相手の残高を確認しておくのは鉄則だろう?」

「……俺は自分からゲームを仕掛けることなど滅多にない。……つい、怠っていた……」

ツカサはハヤトに詰め寄る。

「宇田川、貴様、天城に指示されて……」

「……うん」


「くそっ、天城! お前の目的は何だ!」

「はは、そう興奮するな。ハヤトを強くしたいと思ってな」

「そのために俺をダシに使ったというのか……!」

「ああ。SSPに釣られたな、ツカサ」


「……また、貴様の手のひらで踊らされていたというわけか。この怒りを、一体どこへぶつけろというんだ……!」


屈辱と憤怒に肩をわなわなと震わせるツカサ。

するとリョウは、あやすようにツカサの正面へ踏み込み、身体を軽々と抱きしめた。


「んなっ!? 何をする、離せ!」

「いいじゃないか、幼馴染なんだから。昔もこうして、パニックになったツカサを落ち着かせていただろう?」


耳元で囁かれる懐かしい低音に、ツカサの身体から強張りが抜けていく。

「……やめろ。今は、昔とは違う……っ」


そう毒づきながらリョウを突き放すツカサだったが、その頬は僅かに赤らみ、表情にはどこか「放っておかれなかったこと」への安堵が滲んでいた。


「さて。ではツカサ、授業料代わりに――ハヤトにその『イカサマ』の真髄を教えてあげたまえ」

「……嫌だと言ったら?」

ツカサが恐る恐る、リョウの顔色を窺うように尋ねる。

リョウはわざとらしく眉を下げ、困ったように首を傾げた。

「嫌だと言ったら……君が折れるまで、俺はここを動かない。一晩中ね」


「ここは部室だ。俺の自室ならともかく、他の部員も出入りする場所で居座られては困る」

「なら、とっとと開示してくれ」


リョウの強引な理屈に、ツカサは深い溜息をついた。

観念したようにポケットから小さなコンタクトケースを取り出し、カツンと音を立てて机に置く。

「……単純なものだ。俺は『特殊コンタクト』を装着していた」


「コンタクトレンズ……?」

ハヤトが身を乗り出し、ツカサの瞳を凝視する。

「外見からは判別できないはずだ。カラーコンタクトなら即座に露見するだろうが、このレンズは透過率を極限まで計算されている」

「へぇ……この学園って、本当に面白いね……」

感心したように声を漏らすハヤト。

その順応の早さに、リョウは少しだけ苦笑した。


「このレンズ越しにカードを見れば、裏向きであっても表面の絵柄が透けて見えるというわけさ」

「なんだ。そんな単純な仕掛けだったのか」

リョウが露骨に肩を落とすと、ツカサがムキになったように声を荒らげる。

「効果は絶大だ! たとえ相手がどれほど記憶力に長けていようと、最初から全カードが表を向いている相手に勝てるはずがないのだからな」


「なるほどな」

リョウは興味深げにコンタクトケースを手に取り、まじまじと観察した。

「……でも、カードに細工がしてあるってバレないの?」

ハヤトの素朴な疑問に、ツカサは自信ありげに口角を上げた。


「カードには、特定の波長の光にしか反応しない特殊なインクが塗布されている。肉眼では光に当てても判別不能だ。そして、この部室のように適度に照明が落とされた環境こそ、そのインクが最も鮮明に浮かび上がる」

「……だから、この部屋はいつも暗いんだね」

「……まあ、それもあるが」

ツカサはふと、何かに思い当たったように視線を泳がせた。

「副部長を含め、うちの部員たちは……どうも明るい場所を好まない傾向があってね」


「それって、東雲君も?」

「俺はそれほどでもないが」

「そっか。良かった」


ハヤトの無邪気な安堵に、ツカサは毒気を抜かれたように目を細めた。


聖嶺鳳学園 オカルト研究部部室

ゲームが幕を閉じてから、数十分が経過していた。


「さて、ゲームも終わったことだし、帰るかハヤト」

リョウが大きく背を伸ばし、ハヤトの背中を軽く叩く。

「う、うん」

ハヤトは椅子を引き、リョウの隣へと歩み寄った。


「またな、ツカサ」

「ああ……。今度はゲームではなく、真っ当にタロット占いをしに来い」

卓上のカードを手際よく回収し、束を整えながらツカサが応じる。

「はは、そうだな。評判高いツカサの占いなら、信用できそうだ」

「……嫌味にしか聞こえんな」

「あ、あの! ありがとうございました!」


ハヤトはツカサに向かって深くお辞儀をした。

「僕のために時間を割いてくれて……その、仕掛けまで教えていただいて、すごく勉強になりました」

「……君、本当に真面目だな」

予想外の感謝に、ツカサは少しだけ毒気を抜かれたようにハヤトを見つめた。

「ま、真面目だなんてそんな……えへへ。でも、東雲君のことが少しだけ分かった気がします。これから、よろしくお願いします」

「ああ」

淡々とした口調ではあったが、その響きには先ほどまでの刺々しさはなく、どこか柔らかな温度が宿っていた。


二人は部室を後にし、夕闇の迫る廊下を通って自分たちの教室へと戻った。


聖嶺鳳学園 2年1組。


教室に入り、ハヤトは帰宅の準備を始めた。

窓の外の夕景を眺めているリョウの背中に、ハヤトはそっと声をかける。

「天城君」

「どうした?」

振り返ったリョウの瞳に、オレンジ色の残光が反射する。


「あの……結局、勝てなかった」

「はは、気にするな。だが、この学園のあり方を少しずつ理解してきたんじゃないか?」

「うん。……みんな、自分が絶対に有利になるような仕組みを隠し持っているんだね」

「そうだ。ハヤトも自分だけのオリジナルゲームを作ってみるといい」


「天城君は……何かそういうゲームを持っていたりするの?」

「まあ、ないわけじゃない。以前やった『ダブルダイス・プレディクト』は、俺が考案したゲームだ」

「えっ、そうなの!?」

ハヤトは手を止め、驚愕の声を上げた。

「驚くほどのことじゃないさ。極めて単純なゲームだろう?」


「……あれ?」

ハヤトの脳裏に、あの時の記憶が鮮明に蘇る。

「……でも、あの時イカサマをしていたのは、桜庭君だったよね?」

「そうだ。ディーラー役のギンタに、細工をさせていた」

「ダイスをコントロールして、特定の目が出るようにするって……」

「ああ。あれは相当な指先の技術がないと成立しないイカサマだ」


ハヤトの中で、バラバラだった情報の欠片が一つに繋がっていく。

リョウが考案した「勝てるはずのない仕組み」。

それを完璧に遂行する実行役。

「天城君がそのイカサマまで考案したのだとしたら……桜庭君って……」

ハヤトの喉が、緊張で小さく鳴った。

「……本当は、とんでもない実力を持っているんじゃ……?」

「そうかもな」

リョウは肯定も否定もせず、ただ静かに頷いた。


「なのに、保有SSPが0ポイントだなんて……」

「ギンタから聞いたのか?」

「うん」

「はは、仲が良いじゃないか」

「まだ壁はあるよ……。でも、それだけ天城君が桜庭君のことを信頼している証拠でもあるんだね」

「まあな」


リョウが短く応じた、その時――。

「……おい。勝手に俺の話をするな」


低く、温度のない声。

教室の扉が音もなく開き、ギンタが戻ってきた。


「おかえり、ギンタ。楽しめたか?」

リョウが親しげに声をかける。ギンタは表情一つ変えず、淡々と報告を口にした。

「天城様。楽しむという次元のものではありませんでした。あまりにも下品で、吐き気がするほどくだらないゲームでした」


「ゲーム? ……もしかして、三影君とあの例のゲームを?」

ハヤトが弾かれたように問いかけた。ギンタは「ああ」と短く肯定する。

「ってことは、もしかして桜庭君も……」


ハヤトの脳裏に、「敗北の対価」がよぎる。

彼はみるみる顔を赤らめると、恐る恐るギンタの下半身へと視線を落とした。

「お前……。さっきから何を馬鹿なことを言っている。どこを見ているんだ」

冷ややかなギンタの指摘に、ハヤトは慌てて首を振った。


「えっ? ってことは、勝ったの……?」

その言葉に、ギンタは否定することなく、僅かに顎を引いて胸を張った。

「まあ、ギンタにとってゲームは朝飯前、だろ?」

リョウが茶化すように笑うと、ギンタは真っ直ぐに主を見据えた。

「……天城様のお傍にいれば、誰であってもゲームの攻略法など自ずと見えてくるものです」

「ギンタの観察眼が優れているだけさ。さて、帰るぞ」


リョウはギンタの言葉をさらりと受け流すと、手際よく荷物をまとめた。

「……えっ!? ちょ、ちょっと待って! 結局、勝負はどうなったの!? 三影君は今どこに……っ」

あまりのスピード感に、ハヤト一人だけが置き去りにされる。

肝心な結末を一つも聞かされていない彼は、半泣きで荷物をひっ掴んだ。


「ちょっと! 二人とも、待ってよ……!」


夕闇に染まり始めた廊下へ、ハヤトの困惑した叫びが響く。

ドタバタと足音を立てて追いかけるハヤトと、涼しい顔で歩を進めるリョウ、そしてその影に徹するギンタ。


ギンタが三影ダイチをいかにして「料理」したのか。

その真相が語られるのは、もう少しだけ先のことになる。


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