[4章] 聖嶺鳳学園の日常 日常Part1後編
- ラメンスキー

- 3月4日
- 読了時間: 12分

聖嶺鳳学園の日常
聖嶺鳳学園 2-1
二組の喧騒を離れ、一組の教室へと戻ったリョウは、背後を歩いていたハヤトを静かに振り返った。
「これがこの学園のルールだ。わかっただろう?」
突き放すような言葉とは裏腹に、リョウの眼差しは慈愛に満ちていた。
その温かさに触れた瞬間、ハヤトの緊張の糸がぷつりと切れた。
彼は周囲の目も憚らず、リョウの胸に勢いよくしがみついた。
「怖かった……本当に、怖かったよ……っ」
大きな瞳には、堪えきれなかった涙が薄く膜を張っている。
「全く、宇田川は……。場所を弁えろ」
傍らで控えていたギンタが、心底呆れたように吐き捨てた。
だが、リョウは嫌がる素振りも見せず、子供をあやすようにハヤトの柔らかな髪を撫でる。
「ハヤトも早く、SSPを稼がないとな。守られるだけでは終われないぞ」
そんな光景を、一人の男が興味深そうに眺めていた。
リョウの幼馴染であり、先日タロットでの真剣勝負を繰り広げたツカサだ。
「仲が良いんだな、天城と宇田川」
「ツカサか」
リョウが視線を向ける。
ツカサは横目でギンタの出方を伺いつつ、不敵な笑みを浮かべた。
「何か用か?」
「いや、ただ教室の前を通ったから挨拶をと思ってな。……で、宇田川が泣いているようだが、また何かに巻き込まれたのか?」
リョウの胸に顔を埋めたままのハヤトを見て、ツカサが尋ねる。
「ついさっき、学園の洗礼を受けただけさ」
「そうか。転入早々、不運な奴だ。……まぁ、この学園ではそれが『日常』だがな」
ツカサはおもむろに制服のポケットから、使い古されたタロットカードを一閃させた。
引き当てた一枚を、ハヤトの目の前に提示する。
「『運命の輪』だ。良かったな、宇田川」
「え……?」
ハヤトがおずおずと顔を上げ、カードを見つめる。
「事態が急激に、かつ好転する兆しだ。お前の停滞した運命が、ようやく動き出すサインさ」
「ほ、本当……?」
「ああ。俺が言うんだから間違いない。お前の『ツキ』はここからだ」
ツカサの瞳には、一切の迷いがなかった。
彼はカードを鮮やかな手つきでしまうと、「何かあれば部室に来い」と言い残し、風のように去っていった。
「……そろそろ落ち着いたか?」
リョウの問いかけに、ハヤトは顔を真っ赤にしてようやくその胸から離れた。
「あ、……ごめん、つい……」
(……俺だって、天城様にそんな馴れ馴れしい真似はしないというのに。コイツ、無自覚なのか……?)
一歩下がった場所で、ギンタがハヤトに対し静かな、しかし鋭い嫉妬の視線を送っていることには、誰も気づかなかった。
三人は窓際へ歩み寄り、校庭を見下ろした。
「……僕は、まだまだだね」
ハヤトがぽつりと零す。
「僕もしっかりしなきゃ。いつまでも助けてもらってばかりじゃいられない」
「そうだな。弱虫のままでは、この学園の重圧に押し潰されるぞ」
その時だった。
ピンポンパンポン――
校内に響き渡る臨時放送のチャイム。
その瞬間、先程まで騒がしかった教室が水を打ったように静まり返った。
『全校生徒の皆様へお知らせいたします。本日、学園主催「聖嶺鳳ゲーム」を開催いたします。参加希望者は、16:00に体育館へ集結してください。以上、SSP管理委員会より』
放送が終わるや否や、教室は再び爆発的な活気に包まれた。
「天城君、今の放送は……?」
「宇田川、今のは学園公式のゲーム開催告知だ」
質問に答えたのはギンタだった。
「僕も、参加できるのかな?」
「できる。というか、お前は参加しなければならない」
「えっ、でも任意だって……」
「バカか。お前のSSPは現在『0』だ。どん底から這い上がるには、公式ゲームでポイントを取るのが一番の近道だ」
ギンタの冷徹な説明に、ハヤトの背筋に冷たい汗が伝う。
「はは、強制ではないが、チャンスなのは確かだ」
リョウがフォローを入れるように笑った。
「ただし、公式ゲームは生徒同士の私闘とは格が違う。特殊なルールが設けられ、難易度は跳ね上がるぞ」
「む、難しいって……?」
「対人戦はシンプルだが、学園主催は時に非人道的で、時に極めて複雑な条件を突きつけてくる」
ハヤトの顔がみるみる青ざめていくのを見て、リョウが力強く肩を叩いた。
「案ずるな。非日常を楽しめばいい。チーム戦かもしれないし、個人戦かもしれない。それは行ってみてのお楽しみだ」
「天城君たちは、参加するの?」
「当然。退屈な日常には刺激が必要だからな」
「俺は、天城様についていくだけだ」
二人の迷いのない返答に、ハヤトは小さく、だが確かな決意を込めて頷いた。
「そっか……。うん、僕も、やるよ!」
こうして、三人は放課後の体育館で待ち受ける、未知なる「ゲーム」の深淵へと足を踏み入れることとなった。
聖嶺鳳学園 中庭
中庭のベンチに、ダイチは一人、投げ出すように座っていた。
空は憎らしいほどの快晴。
突き刺すような初夏の陽光が、惨めな敗北を喫したばかりのダイチの肌をジリジリと焼く。
「あ~あ……つまんないなぁ……」
湿り気を帯びた呟きが、乾いた空気に溶ける。
ここは滅多に人が寄り付かない、忘れられたような空白地帯だ。
胸ポケットから取り出したのは、白紙のカード。
彼はそれを太陽にかざし、透かすように見つめた。
「……僕のイカサマは、そこまで大層な代物じゃないんだけどなぁ。勝率だって安定しないし。……さて、次のゲームはどうしようか」
ギンタに敗した屈辱を反芻し、少しばかり自虐的な思考に沈む。
だが、その視界を遮るように、不意に鮮やかな色彩が降りてきた。
「元気にしてるかしら?」
鈴の音のような、涼やかな声。
驚いて視線を下げると、そこには水色の髪を緩やかに波打たせた女子生徒が立っていた。
「何だよ。僕に何か用?」
初対面の相手だろうが、ダイチは隠そうともせずに不躾な態度を見せる。
しかし、少女――雨氷(うひょう)セイカは、その無礼を柳に風と受け流し、小首を傾げた。
「こんなところで一人、空を仰いでいるなんて。……何か、深い悩みでもあるんじゃないかと思って」
「お前に関係ないだろ。何しに来たんだよ」
「別に。ただ通りがかっただけ。でも、君の横顔があまりに切なそうだったから、つい気になって」
そう言うと、セイカは断りもせずにダイチの隣に腰を下ろした。
柔らかな石鹸の香りが鼻をくすぐる。
「僕、女子には興味ないんだよねぇ……」
ダイチは彼女の方を見ようともせず、再び天を仰ぐ。
露骨な拒絶。
だが、セイカの瞳には逆に好奇心の火が灯った。
「それって……つまり、そういうこと?」
「……悪いかよ」
低く、毒を孕んだ声。
「嫌いじゃないわ。そういう『個性的な展開』、むしろ大歓迎よ」
「……お前、どういう思考回路してるんだ?」
ダイチはようやく、隣に座る侵入者の顔をまじまじと見た。
「趣味なんて人それぞれ。個性があってこそ、この学園は面白いじゃない」
セイカは口元に手を添え、フフッ、と上品に笑う。
その仕草一つをとっても、彼女がこの学園に相応しい、選ばれた側の人間であることを物語っていた。
「…………」
「私は雨氷セイカ。貴方の名前は?」
「ふん、教えてどうする。無駄だよ」
「じゃあ、何て呼べばいいかしら? ……そうね、『BL君』とでも呼びましょうか」
「やめろよ、そんな呼び方! 癇に障るだろ!」
「じゃあ、名前を教えてよ」
逃げ場をなくし、ダイチは大きく溜息をついた。
「……三影(みかげ)だ」
「三影君ね。で、こんなところで何を考えていたの? 詮索は良くないって言われそうだけど、気になっちゃうのよ」
「お前に気になられても、僕には何のメリットもないんだけどな……」
再び空を見上げるダイチ。
「じゃあ、誰になら気になられたいの?」
「……そうだな。ハヤト君、かな」
つい、無意識にその名前が口を衝いて出た。
「へぇ……。あなた、本当に面白いわね」
セイカが再びくすくすと笑う。
その笑みには、獲物を観察する学者のような冷徹さが混じっていた。
「好きなの?」
「ああ。一目見た時から、僕の心は彼に奪われてるよ」
「あら、あっさり答えるのね」
「所詮、お前に話したところで、どうにもなりゃしないだろ」
「……そうかしら? その秘密を『出汁』にして、君を脅すかもしれないわよ?」
不敵な笑みを浮かべるセイカに対し、ダイチは鼻で笑った。
「ふん。そんな手垢のついた脅し、僕が屈するとでも? そもそも、僕が女子(おまえ)に負けるわけないだろ」
根拠のない自信。
だが、それがダイチという男の歪んだ強さでもあった。
「本当に、喰えない人ね……」
セイカが一歩、距離を詰める。
ダイチのパーソナルスペースを侵食するように。
「何だよ、近寄るなよ。付き合ってるって誤解されるだろ」
「あら、あなたの言葉を借りるなら、誰に見られても『どうにもならない』んじゃないかしら?」
「……はぁ?」
「この学園の3000人の生徒は、他人の情事なんて興味ないわ。一人一人を観察するほど、みんな暇じゃないもの。……ねえ、三影君。あなた、本当に最高だわ」
セイカはダイチの正面に立ち、至近距離からその瞳を覗き込む。
ダイチがその威圧感に身を硬くした、その時だった。
「ピンポンパンポン――」
静寂を切り裂く校内放送。
学園主催「聖嶺鳳ゲーム」の告知だ。
「……折角いいタイミングだったのに。シラケちゃったわ」
セイカは心底不満そうに息を吐き、ダイチからスッと離れた。
「運が悪かったな」
「……ええ。でも、また会いましょう? きっと、すぐに」
翻る水色の髪。
セイカは颯爽と、獲物を見つけた満足感と共に校舎へと戻っていった。
「……変なのに絡まれちゃったな……」
一人残されたダイチは、再び空を見上げた。
だが、その頭脳は既に次の欲望へとシフトしている。
「待てよ。学園主催のゲームってことは……ハヤト君に会えるチャンスじゃないか! うへへ……」
瞬間、彼の脳内はハヤトのイメージで埋め尽くされた。
「ああ、この感覚……。彼を想うだけで、他のすべてがどうでもよくなっちゃうね……」
狂気を孕んだ笑顔で独りごちるダイチ。
予鈴のチャイムが響き渡る中、彼はいつまでも、ハヤトとの「再会」を妄想しては、暗い興奮に身を委ねていた。
五時間目の授業中。
ダイチは、周囲が熱心に板書を写す音をBGMに、一人ノートへとペンを走らせていた。
「ハヤト君よりも、僕の方が体力も頭脳も上でなくちゃ……彼を支配するためにはね」
低く、湿り気を帯びた独り言。
ダイチの脳裏には、昼休みに見たハヤトの怯える表情や、その華奢な肢体が鮮明に焼き付いていた。
思い出せば出すほど、胸の鼓動が早まり、顔に熱が集まっていく。
(ハヤト君のあの姿……。うへへ、思い出すだけで……最高だよ)
口元に不敵な笑みを浮かべ、異常な集中力で授業に臨むダイチ。
しかし、その顔は既に限界を越えていた。
「お、おい……三影。お前、気味悪い笑い方してると思ったら……鼻血出てるぞ!」
隣の席の生徒が引き気味に指摘する。
ダイチが視線を落とすと、真っ白なノートに鮮血がポタリと滴り、紅い染みを作っていた。
「……先生」
ダイチは至って冷静に挙手し、席を立つ。
クラス中の視線が彼に集まった。
「どうした、三影」
「保健室に行ってきます」
「ああ、行け」
教師の短い許可を得て、ダイチは教室を後にした。
背後で
「またアイツかよ」
「鼻血出して笑うとか最悪」
「あんなのがSSP上位ランカーだなんて信じられないぜ」
というヒソヒソ話が聞こえてくるが、今の彼にはそんな雑音すら心地よい。
聖嶺鳳学園:保健室
「失礼します……」
ダイチが保健室の重いドアを開けると、そこには予想外の先客がいた。
「あら、どうしたの? 随分と情熱的な顔をしているわね」
優しい、だがどこか突き放すような響きの声。
水色の髪を揺らし、イヤホンを外してこちらを見るのは、先ほど中庭で出会った雨氷セイカだった。
「お前……さっきの……!」
「奇遇ね、三影君。そんなにすぐに私に会いたくなったのかしら?」
「……なんでお前がここにいるんだよ」
ダイチは不快感を隠そうともせず、鼻を押さえながら問いかける。
「私は人混みが苦手なの。だから、ここを『私室』代わりにさせてもらっているわ」
「学校に来る意味がないだろ、そんなの」
「いいじゃない。学びの形は人それぞれよ。……あなたに言われたくないわ」
セイカはスマホの画面に視線を戻す。
そこにはリアルタイムで配信されているリモート授業の映像が映し出されていた。
出席日数を確保するための彼女なりの「処世術」なのだろう。
「……で、保健医はどうした?」
「生憎だけど、今日は不在よ。理由は知らないけれど。私は授業中だから、用が済んだらさっさと出ていってちょうだい」
冷たくあしらわれ、ダイチは不機嫌そうにティッシュを鼻に突っ込んだ。
その様子を、セイカが薄笑いを浮かべて盗み見る。
「鼻血?」
「見ればわかるだろ」
「どうせ、ハヤト君のことでも想像していたんでしょう?」
セイカはペンを置き、椅子を回転させてダイチに正面から向き直った。
「悪いかよ。……授業に集中するんじゃなかったのか?」
「貴方の方が気になるもの。不気味な生き物を観察するのは、知的な刺激になるわ」
「……不気味なのはお互い様だ」
沈黙が流れる。
聞こえるのは、スマホから漏れる教師の単調な講義の声だけだ。
その静寂を破ったのは、やはりセイカだった。
「お昼の放送……学園主催のゲーム。あなたは参加するのかしら?」
「……ああ、出るよ」
ダイチがぶっきらぼうに頷くと、セイカは「そう」とだけ短く返した。
「お前はどうなんだよ」
「あら、私に興味が湧いた?」
「うるさい。いいから答えろ」
「私は参加しないわ。既に十分なSSPを『貯金』してあるもの」
「ランク、いくつだ?」
「上から31番目、と言ったところかしら」
「……意外と上位なんだな」
ダイチの言葉に、セイカは余裕たっぷりの微笑を返した。
「知ってる? 100位と101位の差。噂では1万ポイント以上の開きがあるそうよ。この学園で、真にSSPを稼ぎ、支配階級に君臨している人間は、思っている以上に少ないの」
セイカの瞳に、鋭い光が宿る。
「皆、もっと特権が欲しいとは思わないのかしらね。……ところで、鼻血は止まった?」
ダイチが鼻からティッシュを引き抜くと、出血は収まっていた。
「止まったなら、早く教室へ戻りなさい。ここは私の『聖域』なんだから」
「勝手なことを言うな。保健室は公共の場所だろ」
「いいえ。これも『特権』の一つなのよ」
セイカがスマホを操作し、ダイチに画面を見せる。そこにはSSP管理委員会が認可した特権項目が並んでいた。
【特権:保健室の独占使用権(認可期間中)】
「……変な特権だな」
「これを行使中なの。出ていかないなら、『不法侵入』として逮捕の手配をしてもいいけれど?」
「はん。残念だったな」
ダイチは不敵に笑い、自分のスマホを彼女に突きつけた。
「僕はランク20位以内だ。お前のランク31位程度の特権なら、僕が上書きして塗り替えることだってできるんだよ」
「……あら。三影君、私より上だったのね」
セイカは呆れたように肩をすくめ、再びノートに向き直った。
「分かったわよ。好きにしていればいいわ」
「分かればいいんだよ。さて……」
ダイチはベッドに横たわりながら、セイカが見せた特権リストを思い返していた。
「そんな便利な特権があるなら、使い道はいくらでもある。僕とハヤト君、二人きりの『聖域』を作ることも……ね。うへへ……」
「……ろくなことに使わないわね、貴方。まあ、好きにしなさい」
セイカは再びイヤホンを耳に押し込んだ。
静まり返った保健室。
片やリモート授業に励む水色の髪の少女、片や愛しい獲物との「蜜月」を空想する鼻血跡の少年。
学園の放課後を彩る不穏なゲームの足音が、刻一刻と近づいていた。
![[3章] 聖嶺鳳学園の日常 アルカナ・レゾナンス後編](https://static.wixstatic.com/media/95a9ed_4f034439900041ffab02575995575488~mv2.png/v1/fill/w_980,h_551,al_c,q_90,usm_0.66_1.00_0.01,enc_avif,quality_auto/95a9ed_4f034439900041ffab02575995575488~mv2.png)